「現代世界の思想状況1~3回」中央公論68年3月、9月、69年1月
総合雑誌「中央公論」は1968年に「現代世界の思想状況」を企画し連載した。企画では4回の予定であったが、実際に掲載されたのは「構造主義とは何か」(68年月)、「ロンドン・ルネサンス」(68年9月)、「革命思想の新しい展開」(69年1月)の三回であった。「中央公論」はなぜこの時期にこのような特集を企画したのか。そして第四回目の「政策に参加する知識人」は打ち切られたのか。それは「1968年」という時代状況と大きく関わっている。
「1968年」とはどんな時代であったのか。国内では三派全学連による街頭闘争が激化していた。10・8羽田闘争から佐世保エンタープライズ入港阻止闘争(68年1月)、三里塚空港建設反対闘争(2月)、王子野戦病院反対闘争(3月)まで。所謂「激動の7か月」である。また大学内では、日大の使途不明金問題、東大医学部の誤処分に端を発した反対運動が全共闘の結成によって全学化(無期限スト、封鎖)していた。「全共闘」の闘いは全国に波及しつつあった。一方海外に眼を転ずれば。フランスでは「パリの5月革命」がソルボンヌの学生を先頭に労働者を巻き込んで政治危機化していた。ドイツでもSDSによる学生革命が白熱していた。アメリカでも公民権運動とベトナム反戦運動が大きなうねりを作っていた。社会主義圏においても、チェコでは「人間の顔をした社会主義」を標ぼうするドプチェクの「プラハの春」が開花していた。また中国でも文化大革命が最高潮に達していた。このような時代を背景に、中央公論の「特集」は企画された。それはあたかも太平洋戦争中の1943年に同誌上で企画された座談会「世界史における日本の立場」のごとく、状況を切り拓く意図があったのかもしれない。編集部は「この企画はしたがって、現代思想の状況に一つの座標軸を設定しようとする野心的試みであり、現代文化の地理学であるとともに、新しい角度からなされる知識人論であります」と記している。ジャーナリズム的嗅覚にすぐれた「特集」ではあった。
(構造主義とは何か)
「歴史に裏切られ、歴史に失望したフランスの左翼は、未開人の方に向かった」として、まず人類学者のレヴィ=ストロースが構造主義の元祖として紹介される。さらにその代表的論客であるジャック・ラカン(精神分析)、ミシェール・フーコ(哲学)、アルチュセールが紹介される。これらは70年代にもてはやされたが、やがてポストモダンに収斂される。その反歴史性は、「マルクスに反対するためのブルジョワジーの最後の防壁」(サルトル)、「現状維持のイデオロギー」(ルフェーブル)であることを歴史によって証明された。
(ロンドン・ルネサンス)
「スエズの東」を失い、ポンドが基軸通貨の位置を降り、グリニッジ標準時が廃止され、英国は凋落のどん底に陥った。然し労働者の下層階級から新しい波が起こった。演劇(オズボーン)、大衆音楽(ビートルズ、ローリングストーンズ)、マヌカンのトゥイギーなど下克上のエネルギーは風俗の全般に渡ってほとぼしり出た。68年のロンドンは、当時最も躍動する都市であった。20世紀初頭のウィーン、20年代のパリ、30年代のニューヨーク、50年代のローマのように。然しこの「革命」はたかだか風俗と文化のそれであった。それ故やがてサチャー政権の「新自由主義」の下に沈殿していった。
(革命思想の新しい展開)
「5月革命」から新宿10・21に至る一連の急進主義の噴出を、「われわれの文明とその未来に対する、根本的な問い」として受け止めると編集部はいう。その担い手としてマルクーゼやベンヤミン、アドルノらのフランクフルト学派とゲバラ、ファノン、ブラックパンサーら第三世界の革命家に期待を寄せる。
何故この「特集」第四回は没になったのか。それは中央公論社の労働争議と68年政治状況の暗転による。新左翼の街頭闘争は新宿10・21でピークを迎え、諸党派は「軍事力学主義」の泥沼に堕ち込みつつあった。また学園闘争も,東大全共闘は大衆的基盤を失いつつあった。それは安田講堂攻防戦(1・18~19)で決定的になった。その後全共闘運動は関西に波及したが。このような企画を続ける社会的基盤はなくなった。
「第三世界」への憧憬はやがて「辺境最深部に向かって退却せよ!」(太田竜)という窮民革命論に解消されて無残なものになった。それ故この企画が積み残した課題はもっぱらフランクフルト学派をめぐるものになる。この学派は68年には第一世代マルクーゼやアドルノらが紹介され、その中身は「近代合理主義批判」である。その後第二世代(ハーバマス)や第三世代が紹介された。然しより重要なのはこの学派の初期である。例えば①ルカーチとの関係、②ウィットフォーゲルとの関係、③福本和夫との関連などの考究は不可欠である。「学派」に対する「ヘーゲル左派」(コミンテルン系)、「68~9年の元凶」(右派)という非難・レッテル貼りが横行するのは、上記3点が充分に究明されていないことの証左でもある。
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