2013年2月3日日曜日

中国を識る 古書の宝庫を訪ねてみれば~その2

 「中国 民族と土地と歴史」 ラティモア 岩波新書  1950年

 オーエン・ラティモアは1900年ワシントン生まれの米国人で、前半生の大半を中国で過ごした。内外蒙古・満州・新疆などの中国辺境地帯を自分の足で踏査した。北京のハーバート燕京大学やジョンス・ホプキンス大学で研究活動のかたわら、蒋介石の政治顧問などもつとめ、米国の対中国政策の立案にも関与した。その後マッカーシズムの「赤狩り」旋風に巻き込まれ英国に渡り、リーズ大学で教鞭をとった。1989年没。邦訳されている「農業支那と遊牧民族」「西域への砂漠の道」の著者として名高い。
 本書は中国通史としては非常に簡潔のものである。登場する人名は始皇帝・王安石・岳飛・ジンギスカン・マルコポーロ・ヌルハチとたった6人というユニークさである。実地調査の成果が随所に取り入れられ、歴史叙述の新しい型を打ち出している。その特色は「現存最古の文明」をもつ中国の形成過程を世界史的観点から簡潔に絞り切ったことと民国革命以降の近代史に力点をおいて叙述したことである。すなわち退屈な王朝興亡を停滞の時代とみることなく、民族の不断の成長進歩の過程として描いた。例えば漢王朝の崩壊と魏晋南北朝時代への過渡期は、単なる悪政と善政の相互交代ではなく、中国文化の成長と中国民族の膨張との内部における一つの過程に過ぎないというように。
 とくに重要な鍵として地主と官僚と農民の関係を見抜き、これを現代史の理解にまで到達させている。すなわち地代を取り上げる地主と租税を徴収する官吏がしばしば同一人物であることの矛盾に着目している。現在でも改革派官僚王安石が着目されるのは、「官吏と地主を一身に兼ねる人々の立場の二重性の問題に関する不安の意識」故だと説明される。また英雄岳飛の悲劇は、一人の偉大な将軍がその軍事的名声によって民政を支配するのを見るのは忍びないが、万事なりゆきにまかせることには平気という官僚の態度故だと断罪する。「庶民的な文化が経済的衰頽と社会的不安とにまざりあったこの時代の空気は中国最大の小説の一つ『水滸伝』の中に非常によく
書き遺されている。その中には北方の蛮族との戦乱はただ遠いこだまのようにしか描かれていないにもかかわらず、宋代の中国がその遠方の振動によって内部からゆりくずされていった様子が写し出されている。」(本書P94)
 本書が岩波新書の一冊として翻訳刊行されたのは1950年、朝鮮戦争のさなかであった。オリジナルは1947年出版の「China:A Short History」である。その後中国現代史は中華人民共和国の樹立、文化大革命、改革開放政策の導入とドラスチックに変遷したが本書の価値はいささかも減ずることはない。中国を知ろうとするものの基本的図書である。1965年に改版し、その後も版
を重ねたが品切れになって久しい。

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