2016年12月27日火曜日

NLD文民政権のミャンマー

    「『アウンサンスーチー政権』のミャンマー」永井浩他編 明石書店 2016年

 NLD文民政権が2016年3月に成立して以降、ミャンマーの民主化は着実に進展しているようにも見える。本書は7人のジャーナリストや研究者によるこの政権移行過程の最新のレポートである。特に興味深いのは軍政内部に詳しい宇崎真(アジアウォッチ代表)のレポートである。なぜ国軍が自ら民主化に踏み切り(2011年民政移管)、混乱なくNLD文民政権に道を譲ったのかが明らかにされる。また五十嵐誠(朝日新聞ヤンゴン支局長)レポートではそれを可能ならしめたNLD側の要因を探る。そして永井浩(元毎日新聞バンコク特派員 アウンサンスーチー「ビルマからの手紙」の共訳者)のレポートでは「アジア最後のフロンティア」論の問題点が指摘される。
 (宇崎真「軍政内部から見た民政移管の深層」)
 2004年に独裁体制を確立したタンシュエの権力の源泉は人事と金である。国営企業の民営化、国有地の払い下げでクローニー(軍政の取り巻き財界人)と将軍達は利権漁りに奔走した。
クローニーの蓄財は、公共料金の値上げなどで国民が喘いだ時期に行われ、社会の格差が一挙に拡大した。とくに利権に関係ない軍人の困窮は著しく、下級兵士の逃亡があいつぎ、国軍の崩壊状況が進んだ。これに危機感を持った国軍幹部(反タンシュエ派、タンシュエ派の一部)が西側の経済制裁緩和を望んだというのである。そして政権移譲がスムーズに行われたのは、2015年総選挙前に主だった利権の分配がすでに終わっていたからである。主なクローニーには次のようなのがいる。古くは元祖麻薬王のローシンハ。キンニャンとのコネで少数民族との「和平協定」締結の見返りに、アジアンワールドを設立する。ヤンゴン中心部にあるトレダースホテル(現シャングリラ)のオーナーでもある。ティザー(トゥーグループ)はタンシュエとのコネでエアーパガン(ミャンマー初の民間航空)を立ち上げた。木材輸出、銀行、観光事業、携帯電話サービスなどに手を広げている。日本に留学経験のあるゾーゾー(マックスグループ)もマウンエイ(軍政序列2位)のコネで中古車輸入を皮切りに建設、ゴムプランテーション、天然ガス事業などで巨富を得ている。
(五十嵐誠「アウンサンスーチー政権の挑戦」)
 五十嵐によれば、経済制裁解除と軌を一にしてティンセインの「民主化」は足踏み始めたという。改憲論議が進むにつれ」国軍の権利喪失に躊躇しはじめた。それでもスーチーが改憲論議を進めることが出来たのは、与党内に「協力者」を得たからである。それはUSPDの事実上の党首で、下院議長のシュェマン(軍政3位)である。シュェマンは国軍士官学校11期で、ティンセイン(軍政4位)より2年後輩だが序列は上である。
(永井浩「『アジア最後のフロンティア』論を越えて」)
 NLD文民政権成立後もミャンマーへの駆け込み投資は過熱している。まるで経済発展が人権・民主化にとって代わったようである。然し日本が官民あげて開発支援したティラワン工業団地では、移転を迫られた住民の反対運動が起きている。住民代表が来日し政府や国会議員に問題の解決を訴えている。劣悪な労働環境や長時間労働などの人権侵害が放置されれば、「経済発展」も他の後進国と同じ道をたどることになる。「アジア最後のフロンティア」の実体は低賃金と未開拓の市場に他ならない。そこそこの経済成長を達成する普通の後進国として再び世界から忘れ去られる危険性を永井は警告する。
 最後に本書の編纂者の一人である根本敬について。根本は日本政府と外務省は2015年11月の総選挙直前までNLDの政権掌握の可能性を想定していなかったとしている。そしてスーチーの2013年訪日時の講演談話「日本の外交の欠点は、政権が交代することがあるということをほとんど考えていない点にある」を引用している。歴史家だけにこのような過去の分析には鋭いが、将来の予測については誤りが多い。例えば「アウンサンスーチー」(角川書店2012年)のテインセイン政権のタンシュエ黒幕説。これはその後の事実経過によって否定されている。もう一つは「物語ビルマの歴史」(中公親書2014年)における括弧つき民主化説。これは現在進行形である。それよりもNLD文民政権にもしぶとく寄生しているクローニーの問題が看過されているのが気にかかる。

0 件のコメント:

コメントを投稿